さごたに通信

2012年1月2日 03:48:07 カテゴリ: 未分類

愛車「ポルシェ・ターボ」  でも、メーターが140kまでしかありませんから・・・

皆様、あらためまして、明けましておめでとうございます。

昨日元旦の掲示板でのご挨拶に書きましたように、ご来迎を迎えるべく、早朝に出発して山を目指しました。

行き先は、可部の東に聳える名峰白木山(しらきやま、889m)。5年前のご来迎登山が、広島県内一番人気の宮島・弥山(みせん)だったので、5年ぶりの今年は、同じくご来迎の人気スポットである白木山を・・となった次第です。

可部の町を通ってバイパスを飛ばすこと約10分、大林小学校で国道54号を離れて右折し、だんだん険しくなっていくワインディングを上って行きます。まだ早朝の6時過ぎ、この時季ほとんど深夜と変わらない暗さです。この道路、去年、おととし2度ばかり下山路に使ったことがあると記憶していて、今回は事前の下見もせずに入ったんですが、そこは「深夜の林道」、前回の記憶とまるで違う景色(といっても真っ暗で、クルマのライトの照らすごく狭い範囲しか見えませんが)に次第に不安になり、持参したロードマップ(7年前に買ったヤツ)とケータイのMAP機能をフルに使って、行ったり来たり、また引き返したり・・を繰り返した挙句・・ついに、事実上の行き止まりに出っくわしてしまいました。

細い、でこぼこの、しかも先日の雪がまだ一部残ってるようなぬかるみの林道で、行き止まりだからと言って、そう簡単にUターンできるわけではありません。寒くて暗い中を、まだ登山靴に履き替えてないサンダル履きで車外に出て前後を下見・・・ぬかるみに足を取られてなかなか歩けない。やっと、かなり後方に転回できるスペースをみつけてバックするのだが、これが大変。照明も何もない真っ暗闇の細い山道をバックするのが、こんなにコワイとは・・・運転歴35年、独身歴11年(ん?関係ない?)のジィでも、なかなか容易なことではありません。そして、ようやくその転回スペースについたことを、またサンダル履きで降りて(いいかげん、持参してる登山靴に履き替えりゃええのに・・と、誰しもお思いにあることでしょうなぁ)慎重に点検して、再び乗り込んでゆっくりとステアリングを切る・・そのとき、はげしい揺れと音とともに、わが愛車ポルシェ・ターボ(「ターボ」だけホントです)は、完全にスタック・・・あちゃあ!

もちろん、周囲に人家も人通りもなく、おまけに、気がついてみるとケータイ電波が「圏外」を示しているではありませんか。加えて、燃料がそろそろEに・・まさに「万事休す」。

詳細は省きますが、なんとか根性で脱出し、無事に引き返すことができました。すでに、広島における日の出の時刻07:15をとうに過ぎていて、これから仮に正しい道が見つかって山頂にたどりついても、とても間に合わない・・と潔く断念して、国道に戻ってきたのでありました。

「どうせ、今朝は予報どおりの曇りで、仮に白木山頂まで間に合うように着いたとしても、ご来迎なんて拝めなかったのさ・・・」と、まるでイソップの”Sour grapes”(すっぱいブドウたち?)みたいなセリフをつぶやきながら・・・。

元旦(注:元日の早朝を指す・・・と、昨日教わったばかりです、ハイ)早々の、とんだ失敗談でした・・まるで、この1年の自分を暗示するような・・・(笑)

2011年12月31日 06:50:08 カテゴリ: 未分類

12・18(日)の町内会日帰り旅行が、「空白期間」の直前の記事でした。

その後も、「傷心のさ中」いろいろなことが起こりましたし、またある意味、あえて自分からも積極的に行動してみました。主な事象(あえて「事件」といわず、「事象」と表すこのイヤラシサ・・まるで、枝野クン(前官房長官)みたい)について、まずは列挙しておきます。

 

12・21(水)このころから、珍しく(といっても、年に一度は必ず…)風邪をひいてしまい、仕事にも支障をきたすほど。

12・22(木)ある親切な方がお見舞いに来てくださり、出渋るじぃをあえて励まして、湯来町は本多田という、奥の奥の僻地にある「広島チョウザメ・青空館」に連れていってくださる。チョウザメ料理で精力がついたのか、いつのまにか、かなり回復!

12・23(金)風邪もすっかり回復し、可部町(広島市安佐北区)で開催された「万葉集講座・最終回」に出席。この会の詳細については、リンク先(ご近所)「お琴のこと・・・」をご参照下さい。講座のあと、最終回ということで、打ち上げを兼ねて忘年会。しかし・・・その「悲劇」は、この忘年会の直後に起こった。

12・24(土)前夜の「悲劇」を受け、私の60ン年の生涯でもっとも悲しいクリスマスイブ。でも、従妹がはるばる市内から可部まで駆けつけてくれて、慰めてくれた・・「にぃちゃん、『かべの湯』に入ろう!」

12・25(日) 周防大島へ傷心の日帰り旅

 

[ こうやって、心やさしい何人かの方々のおかげで、徐々に元気回復して、あとは一気呵成に・・・]

12.27(火) 2大イベント (1)午前中、ベトナム人留学生Ngocさんと会って、ある深刻な相談。そのあとは、「ばくだん屋」で「つけめん」を堪能 (2)午後から、一人畑賀に行き、小生をはるかに陵駕する豪快なおじさんから、門松の作り方を習う。夜、大酒宴のあと泊めていただく・・初対面の方なのに。

わが草庵の玄関に鎮座する、じぃ手作りの門松

12・29(木) 塾のバイト、本年最終日。生徒二人。一人は大学受験生で、センター試験までわずか2週間ちょい。も一人は高2の女子生徒さんで・・・この生徒さんについては、後日、必ず一遍書くことになりましょう・・・もちろん、本人が特定できぬよう、思い切りボカして。

12・30(金)五日市に買い物に出たついでに、初詣先を物色して、広範囲をあちこち・・帰宅4時ころ。またもや走れず・・1・8の10キロレース、どうなるんじゃい!

ざっと、こんなところです。

 

 

 

2011年12月19日 06:36:57 カテゴリ: 未分類

「病院検査はワンダーランド」、まだまだ完結への道のりは遠いですが、その前にちょっと道草して、昨日(12・18、日曜日)町内会の日帰り旅行をしてきた経験も、「もうひとつのワンダーラ

ンド」だったので、ちょこっと記述しておきます。

レストラン団栗亭前集合午前8時、わが伏郷(ふしごう)町内会総勢26名、ちょうどぴったし定員26名(補助いす含む)の送迎マイクロバスに乗って、瀬戸内海に面したリゾート「グリンピアせとうち

」に向かって、出発したのであります。

五日市ICから山陽道に乗り、志和ICで降りてからは、田舎道をぐにゃぐにゃ・・これは自分の車で来たら、同じコースをたどれんなぁ・・と思っているうちに10時出発から約1時間50分で、目的地「グリンピアせとうち」に到着。

支配人さんみたいな男性に誘導されて大広間にいったん集められて、今日のスケジュールの説明。

11:30~12:50 食事

13:30~15;40 旅の一座「花組むらさき」によるお芝居と歌謡ショー

16時 送迎バスにて出発⇒帰路へ

要するに、せっかく風光明媚なこの安浦海岸へ来たというのに、付近の観光とかは一切なく、メ

グリンピアせとうちから見下ろす瀬戸の海 画面下はカスタムカー展示会場

インはその「花組むらさき」なのである。

食事までは自由行動です。お風呂は2階に・・という説明を聞き終えるが早いか、送迎バスの運ちゃんが到着前に車内でもらした一言「今日はたまたま海岸の駐車場でカスタム・カーの展示イベントやってます」を聞き逃さなかった、車好きの若者集団(平均年齢、わずかに65歳)は、建物を出てゆるやかな芝生の斜面を下り、一路、はるかかなたに見える海岸の駐車場を目指す。

(続く)

2011年12月16日 06:55:58 カテゴリ: 未分類

まずベッドに寝かせられて、心電計、血圧計・・その他正体不明の種々のセンサーを装着されて、まずは安静な状態でコントロール・データを取り、そしえいよいよ、そのセンサーから、さながら鍋から吹きこぼれたラーメンの如く這い出した膨大なケーブル群をそのまま引きずる形で、ベッドの隣のトレッドミルの上に立つ。

トレッドミル・・ある方が調べて送って下さった説明によると

「ベルトコンベアの上を歩行し、回転速度や傾斜を次第に増加させることにより運動 負荷を行う。狭心症、不整脈疾患の診断、重症度の評価に用いる。負荷後、シンチグ ラムを行いより検査精度を高める場合もある」

だそうである。ただし、treadmill の元の意味は単に、

「踏み車:人・動物が踏んで回転させる;もと囚人への罰に用いた.」(Google辞書)

とある。かつて囚人が踏んだ回転車を、現代では心臓検査を受ける患者が踏む・・というわけであります。

最初はえらくゆっくり、老人の散歩程度・・・2~3キロ毎時ほどか。まずは慣らし運転なんだな・・でも、その慣らし運転の期間が余りにも長いので、堪りかねてつい一言「あのぉ・・これ、いつも通ってるジムで慣れてマス。普段は10~12キロ毎時くらいでやってるので、もっとスピード上げてくださっていいですヨ。」若い男性技師さん、ちょっと憮然として「今、低速でのデータとってるところですから」 あちゃ~、やっぱし言わなきゃえかった!

しばらくして、ほんのちょっと速くなった・・でもせいぜい6~7キロくらいか。走行板が前に10度ばかり傾斜してるので、若干上り坂を感じ、それなりに運動量は増えるが、まだまだ。表示されている脈拍を見ると、まだせいぜい100程度。また催促しよ~か、いやよしとこう・・の葛藤のあと、ついに9キロまで上げて、数分後には脈拍が一瞬160台まであがった。でも、まだまだ。11・28に倒れたときの「1キロ全力疾走」では、おそらく限界の180近くまではいってたはず。

結局、その160を確認した後は、徐々にスピードを下げ、ついに終了した。この間、約20分間・・「ぶったおれるまで」H医師のご発言)を期待(?)してた私としては、少々不完全燃焼な「囚人への罰」ではあった。

*  *  *

次は、聞きなれない名前の検査・・HUTテストというんである。何の略号ですか?と、担当替わって、やっと(!)若い看護婦さんになったそのひとりに尋ねると、「ヘッドアップ・チルド・テスト」です。え?チルド? アタマを挙げて冷凍するんかいな・・とはつっこまなかった。なぜなら、それがティルト(tilt)を意味することに、すぐに気がついたからである。

その二人に連れられて、今度は3回にあるそのヘッドアップ・・のあるリハビリ室に移動。実は、きょうの3種類の検査の中で、これが最も印象的で、最もアブナイものであった。その詳細については、明日の朝にでも続けます。なんせ、今日は年に一度の楽しい「町内会一日帰り旅行」で、瀬戸内海に面した保養施設グリンピア安浦」まで、町内会の皆さんとともに、観光バスに揺られて行くんであります。戻ったら、その顛末記もぜひ・・・あ、この「ワンダーランド」、必ずカンケツさせますから、ご心配なく(笑)

 

(続く)

2011年12月15日 06:08:23 カテゴリ: 未分類

この前の2つのブログに書きましたように、昨日(2011・12・14)、広島平和記念館の正面にある某総合病院で、「心臓の周りの血管」の大掛かりな検査を受けてまいりました。その様子をつぶさに記述して、今後同様の検査を受ける方々のご参考に供することができれば・・などという殊勝な意図はさらさらなく、ただ自分の興味本位で書き散らしてみようか・・と。

もちろん、標題に書きましたように、結果が幸いに○だからこそ、いかにも楽しげに書けるわけで、本当に深刻な病状にお苦しみの方にとっては、ある意味不愉快な一文になるかもしれません・・ということを、まず最初にお断りしておきます。

月に2回、五日市のK病院に出張診療されている、本来はこのTs病院の循環器医師であられるH先生から、「血管CTや過負荷試験を行うから、Tsのほうに来るように」と告げられたときは、正直「来るときが来たか・・」とショックを隠せませんでした。

ちょっと手短に「歴史」を語ります。

小生、小学生のときは「筋金入りの虚弱児」で、小1から小3にかけては、3年間平均して出席率は4割程度・・という病欠常習児童だったんですが、中学になって、幸いにも古江の山の中腹に聳える私立校H学院に入学以来はまるでウソのように元気になり、中学3年間は皆勤賞という見事な変身ぶりだったのです。(やっぱし、毎朝急な坂道を登るのは、丈夫な生徒(とたくましい美脚)を育てるんですかなぁ~、隣のお山のNDS女子生徒さんの、うんとこさ歳を経たOGおばちゃん達・・・以上、独り言)

それで、最近までは現役バリバリで来たのですが、55を超えたあたりから、つまり当地さごたにへ永久帰郷して間もなくのころから、ぼつりぼつりと、人並みの中年オッサンらしく、カラダのあちこちに変調が現れ、現在も、約4年前からある持病で5週間に一度、五日市のN内科に通院中の身であります。(しかし、モーレツな「個人情報の開示」でありますなぁ~)

さて・・いよいよ12・14(水)の検査のハナシに入ります。

「8時半までに受付を済ませるように・・」というH医師の言葉を気にかけつつ、少々遅れ気味なのを気にしつつ、沼田と市内中心部(デルタ)を結ぶ長い長い西風新都(せいふうしんと)トンネルを100キロ近いスピードで飛ばしたけど、到着したのは15分遅れの08:45.言われたように「地域連携室」という、病院にしては妙な名前の受付で申し出ると、スーツにネクタイのいかにも「事務職員」という風情の男性が現れ、慇懃な態度で「では、2階の検査室へ」と、先導してくださる。

2階に到着すると、まずは本日最初の検査が行われる「心(しん)機能検査室」に案内される。おそるおそる部屋の中を

この心機能検査室で、いよいよ「まな板の鯉」に

覗き込むと、ほぼ全員が、いかにも「検査技師」という出で立ちの若い男性軍団という、やや殺風景な部屋。五日市K病院の、若い看護婦さんたちがたくさん行き来する華やかな雰囲気とは程遠い。さすがは、これが県下随一と海内(かいだい)に名の知れたTs病院か・・と、妙に納得する、多少のがっかり感を伴いつつも・・・(笑)

「ここで、着替えてください、下着は・・」と、その男性技師さんに促されて、狭い脱衣場で、パンツ一丁になり、その上から検査衣(ふつうの寝巻き)を来て、紐を結ぶ。「あのぉ~、思いっきり走るって聞いたんで、ジョギングシューズとトレーナー持てきたんですが・・」「ああ、それはいりません。その検査衣で・・あ、それからハダシになってくださいね」 えっ、寝巻き着てハダシで全力疾走??と、やや拍子抜けするが、ま、それも経験じゃ・・とばかり、促されて検査室へ。

この部屋での最初の検査は、超音波による心(しん)エコー。これは、すでに11・29(つまり救急搬送の翌日)に五日市K病院で、1時間近くかけて丁寧にやったんだけどなあ・・でも、いまさらそれを言ってみてもなぁ・・そもそも「地域連携」って、ちゃんと前の病院からデータも「連携」して送られとるんかいなぁ~、ま、今日の状態を再度測定する必要もあるんじゃろ、シロートはあまり口出しせんとこ・・・と、いろいろ思いをめぐらせるに十分な時間はあった。それでも、せいぜい15分ほどで終了・・・K病院での丁寧な、「念には念を入れる」風情の検査とは対照的であった。もうひとつの大いなる相違点、それは、ここでは男性技師だったのだが、あちらでは若くて・・・(以下省略)

それが終わって、隣の部屋に移され、いよいよ本日のメインエヴェントである過負荷走行試験。「おっ、いよいよだな・・」と、いやが上にも士気は高まり、心臓の鼓動も高まる(おっと、心臓の検査なんよねぇ・・・)

(1)は、ひとまずここまで ⇒(2)に続く